2007年12月03日

入場テーマソング・発走ファンファーレ

中央競馬では、以前から出走馬が本馬場入場する際に著名作曲家が作った入場テーマソングを演奏(テープ)しているが、1987年に中央競馬会の略称がNCKからJRAに変更されたのを契機に、同年12月より各競走のファンファーレも著名作曲家制作のものに順次変更された。GI級競走については一部競走を除き楽団(主に陸上自衛隊、海上自衛隊付属の音楽隊、地元の交響楽団、地元の大学の吹奏楽部)による生演奏が行われている(ローカル開催(特に夏季)での重賞でも地元のブラスバンドによる生演奏が行われる場合もある)。

ただし、ファンファーレが定着すると、GI級競走を中心に観客がその曲に合わせるかの様に手拍子を打つようになり、特に観客から近いスタンド前に発走地点のある競走(例・東京芝2,400m、京都芝2,000m)などで競走馬に悪影響を与えるケースが発生した。これはゴール前で実況映像のタイミングに併せて紙吹雪・クラッカー・紙テープやゴミなど(1990年代の一時期には旗を振り回す者がいたし、2000年の宝塚記念に至っては、フリスビーと思しき円盤状の物体が飛ばされた模様がDREAM競馬をはじめとするテレビでの競馬中継の画面に映し出されるシーンが見られた)を投げ散らす者と並んで万一の事故を考えれば競馬の公正確保にも関わる重大な問題であり、JRAは「それらの行為は絶対におやめ下さい」とファンに宣伝しているにも拘らず、その対応に現在も苦慮している。また先述のDREAM競馬キャスターだった宮川一郎太が「物を投げ込まれるのはやめましょう」と視聴者に注意喚起したこともあった。井崎脩五郎に至っては、「投げた者を特定している」と雑誌で公言したこともある。

基本的には観客のモラルと行動の節度に訴えるほかないものであるが、これには限界があり、後に追加された障害競走のファンファーレについては、その作曲の際「手拍子を打ちにくいこと」が主要コンセプトの一つになったほどである。平地競走のファンファーレについても、多くはこの手拍子の問題を理由として何度か変更の話題が上がっている。 。

また、現在ではすっかり定着したファンファーレの生演奏だが、近頃は本番での演奏ミスが多発し、競馬ファンや競馬評論家から演奏を行った団体やJRAに対し苦情が寄せられるケースが発生している(2005年安田記念のフライング演奏等)特に、音の高低差が激しく、演奏難易度の高い札幌・函館競馬場の重賞ファンファーレにおいてこれらの事例が目立つ。

特殊なケースとして中京競馬場で開催される名鉄杯がある。これについては1000万下という下級条件戦であるにもかかわらず、賞を提供している名古屋鉄道の看板車輛の一つである名鉄パノラマカーのミュージックホーンの音色をアレンジした独自のファンファーレが用意され、また名鉄所属のブラスバンドが生演奏でファンファーレを行っている。

この他、2004年のJRAゴールデンジュビリーキャンペーンの「名馬メモリアル競走」にも特別にファンファーレが用意された。
posted by 仕事人 at 13:08 | Comment(0) | TrackBack(1) | 競馬豆知識

入場テーマソングの曲

いずれも関東はすぎやまこういち、関西、北海道は鷺巣詩郎(但し「サラブレッドマーチ」のみ渡辺岳夫の作曲で、鷺巣詩郎は編曲者である。なお、「サラブレッドマーチ」は、下記の重賞競走用入場曲が導入される前は、全ての競馬場で重賞競走用入場曲として使用されていた)が作曲している。

一般競走
・東日本(東京・中山・福島・新潟) 「白馬のギャロップ」
・西日本(京都・阪神・中京・小倉)、北海道(札幌・函館) 「炎のウィナー」
特別競走
・東日本 「パドックマーチ」
・西日本、北海道 「サラブレッドマーチ」
重賞競走(GIII級・GII級競走)
・東日本 「クロマチックマーチ」
・西日本、北海道「ドラマチックワン」
GI級競走
・東日本 「グレード・エクウス・マーチ」
・西日本 「ザ・チャンピオン」

posted by 仕事人 at 13:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬豆知識

中央競馬の歴史(昭和時代)

■1954年(昭和29年)
・9月16日 7月1日に公布された日本中央競馬会法により、日本中央競馬会創立。
・9月25日 日本中央競馬会主催の初めての中央競馬が東京と京都で行われる。
■1959年(昭和34年)
・2月23日 アメリカ遠征中のハクチカラがワシントンバースデーハンデに優勝、日本調教馬初の海外重賞制覇。
・9月5日 競走計時の表示を従来の1/5秒単位から1/10秒単位に改正。
■1964年(昭和39年)11月15日、シンザンが史上2頭目の三冠を達成。
■1965年(昭和40年)5月14日に竣工した新潟競馬場で、7月10日より22年振りに新潟競馬が再開される。
■1968年(昭和43年)12月8日の開催をもって繋駕速歩競走が全面廃止される。
■1969年(昭和44年)11月11日、栗東トレーニングセンター開場。
■1972年(昭和47年) 馬インフルエンザ蔓延のため、2月下旬まで関東地区の競馬開催が中止される。
■1974年(昭和49年)5月3日、皐月賞で初のシード制(のちに単枠指定制度に改められる)実施。適用第一号はキタノカチドキ。
■1978年(昭和53年)4月10日、美浦トレーニングセンター開場。
■1981年(昭和56年) この年より馬名入りゼッケンが使用を開始する(当時は同年創設されたジャパンカップのみに限定)。
■1982年(昭和57年)3月23日、千葉県印旛郡白井町(現・白井市)にJRA競馬学校が開校。
■1983年(昭和58年)11月13日、ミスターシービーが史上3頭目の三冠を達成。
■1984年(昭和59年)
・この年よりグレード制が導入される。
・11月11日シンボリルドルフが史上4頭目(無敗では史上初)の三冠を達成。
■1986年(昭和61年)11月2日、メジロラモーヌが史上初の牝馬三冠を達成。
■1987年(昭和62年) 日本中央競馬会の略称がJRA(Japan Racing Association)に改められる。
posted by 仕事人 at 12:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中央競馬の歴史

中央競馬の歴史(平成時代)

■1991年(平成3年)
・この年より降着制度が導入される。
・10月5日より馬番号連勝複式勝馬投票券(馬連)の全国発売が開始されたのに伴い、単枠指定制度廃止。
■1994年(平成6年)
・この年より、外国で騎手免許を受けている者への短期騎手免許の交付が始まる。
・11月6日 ナリタブライアンが史上5頭目の三冠を達成。
■1996年(平成8年)
・3月2日 中央競馬史上初の女性騎手3名がデビュー。
・7月14日 札幌スプリントステークスでノーブルグラスに騎乗し、優勝した安田富男が史上初の全10場重賞制覇を達成。
■1998年(平成10年)8月9日、シーキングザパールがモーリス・ド・ゲスト賞(仏GI)に優勝、日本調教馬初の海外国際GI制覇。
■1999年(平成11年)
・この年より障害競走にグレード制が導入される。
・1月31日 メイセイオペラがフェブラリーステークスに優勝、地方競馬所属馬初のJRAGI制覇。
・12月4日 拡大馬番号連勝複式勝馬投票券(ワイド)の全国発売が開始される。
■2001年(平成13年)
・この年より、日本国内における全ての馬の年齢表記が国際基準に変更となる。
・7月14日 新潟競馬場で日本初の直線走路のみの競走(芝1000m)が施行される。
・12月16日 ステイゴールドが香港ヴァーズ(香港GI)に優勝、日本産の日本調教馬初の海外国際GI制覇。
■2002年(平成14年)
・7月13日 馬番号連勝単式勝馬投票券(馬単)および馬番号三連勝複式勝馬投票券(三連複)の全国発売が開始される。
・12月7日 武豊が1日の勝利数としては史上最多の8勝を挙げる。
■2003年(平成15年)
・4月27日 エイシンプレストンがクイーンエリザベス2世カップ(香港GI)で前年に続き優勝、日本調教馬初の海外同一GI連覇。
・10月19日 スティルインラブが史上2頭目の牝馬三冠を達成。
・12月27日 武豊が史上初の年間200勝。
■2004年(平成16年)
・日本中央競馬会創立50周年を記念してJRAゴールデンジュビリーキャンペーンを行う。
・9月11日 馬番号三連勝単式勝馬投票券(三連単)の全国発売が開始される。
■2005年(平成17年)10月23日 ディープインパクトが史上6頭目(無敗では2頭目)の三冠を達成。
■2006年(平成18年)
・夏シーズン 夏競馬の一層の充実を図る為にサマースプリントシリーズとサマー2000シリーズが新設された。
・10月6日 東京競馬場に誕生した新・ターフビジョンがギネスワールドレコーズ認定の世界最大級のスクリーンとして認められた。
・12月2日 阪神競馬場に芝外回りコースが新設され使用が開始された。中山・新潟・京都に次ぐ全国4場目の外回りコースで新設関連の工費は59億8500万円だった。
■2007年(平成19年)
・4月21日 7年にわたる東京競馬場の改修工事が終わり9階建て横幅380mの「フジビュースタンド」がグランドオープンした。
・8月 馬インフルエンザが発生により同月18日・19日の開催を中止。代行競馬は11月に開催されることになった[2]。
・10月6日 東京競馬場のギネスワールドレコーズ公認のビックマルチターフビジョン誕生から丁度1年。今度は1200年の都大路・京都の京都競馬場に一回り小さいがそれでも大きいビッグマルチターフビジョンの西バージョンがお披露目された。尚、この新設記念ポスターにはK-1ファイターで韓国の英雄のチェ・ホンマンが起用された。
posted by 仕事人 at 12:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中央競馬の歴史
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